思い立ったら吉日!で京都へ
あまり交友関係が広くない私には珍しく、この数週間友人とのお出かけがみっちりで。。。とっても楽しいのですが、いつものぐうたらペースが乱れチョットグッタリ
土曜日は死んだように眠り続け、日曜はまだ薄暗い時間からすっきり目覚めてしまいました。
1日が長いぞ~。どうするね??
そうだ! 京都に行こう!! (どこかで聞いたフレーズ?)
ってことでチャチャっと出かけてきました。(9時前には京都でした)
相国寺の承天閣美術館で丸山応挙の『大瀑布図』が見たかったのが1番の理由。
4メートル近くあるので真近に立つと見上げる感じになります。荒々しいものを想像していたのだけどまったく違う。
迫力はもちろんスゴイです。色彩の少ない画面から感る緊張感や静寂。その中に描かれるのはまっすぐに落ちる水、跳ね返って真っ白な霧のような飛沫となる水、うねり流れる水、といった具合に様々に形を変える水の姿。地鳴りが聞こえてくるようです。
早く到着して一人ポツンと15分入り口で待った甲斐があって長時間独占できましたやはり美術館は一番のりに限ります
相国寺といえば、やはり伊藤若冲です。
大作の釈迦三尊像があまりにも有名ですが、私は若冲の描く花が好きです。
今回の展示はこの牡丹図と並んで百合図も(対なのかな?勉強不足で・・・)
この自ら発光しているかのような花の色彩 枯れている花も当たり前に画面に描かれていてそれはそれでキレイなんです。まったく見当違いかもしれないけど九相図(死後の肉体の朽ちていく様子を9段階に描いた絵画)を連想してしまいました。
この美術館のとてもいい所は、靴を脱いで入るところ!
ものすごくリラックスしてみることが出来るし、絨毯敷きなので足音がほとんどなくて静か
展示室も2箇所のみのこじんまりとした美術館でとても良かったです。全国の美術館もこの方式採用してみてはどうかしら?(お掃除大変だけど・・・)
書にはあまり興味がなかったのですが。
夢窓疎石の『別無工夫』 (’別に工夫無し’と読みます。) の前で足が止まりました。
修行をするといって何か特別なことをするのではなく修行のために修行をしても無意味)日々の生活の中にこそ仏の道がある。っていう禅語です。
ぐうたらな私は勝手に拡大解釈してしまいそう
土曜日は死んだように眠り続け、日曜はまだ薄暗い時間からすっきり目覚めてしまいました。
1日が長いぞ~。どうするね??
そうだ! 京都に行こう!! (どこかで聞いたフレーズ?)
ってことでチャチャっと出かけてきました。(9時前には京都でした)
相国寺の承天閣美術館で丸山応挙の『大瀑布図』が見たかったのが1番の理由。
4メートル近くあるので真近に立つと見上げる感じになります。荒々しいものを想像していたのだけどまったく違う。
迫力はもちろんスゴイです。色彩の少ない画面から感る緊張感や静寂。その中に描かれるのはまっすぐに落ちる水、跳ね返って真っ白な霧のような飛沫となる水、うねり流れる水、といった具合に様々に形を変える水の姿。地鳴りが聞こえてくるようです。
早く到着して一人ポツンと15分入り口で待った甲斐があって長時間独占できましたやはり美術館は一番のりに限ります
相国寺といえば、やはり伊藤若冲です。
大作の釈迦三尊像があまりにも有名ですが、私は若冲の描く花が好きです。
今回の展示はこの牡丹図と並んで百合図も(対なのかな?勉強不足で・・・)
この自ら発光しているかのような花の色彩 枯れている花も当たり前に画面に描かれていてそれはそれでキレイなんです。まったく見当違いかもしれないけど九相図(死後の肉体の朽ちていく様子を9段階に描いた絵画)を連想してしまいました。
この美術館のとてもいい所は、靴を脱いで入るところ!
ものすごくリラックスしてみることが出来るし、絨毯敷きなので足音がほとんどなくて静か
展示室も2箇所のみのこじんまりとした美術館でとても良かったです。全国の美術館もこの方式採用してみてはどうかしら?(お掃除大変だけど・・・)
書にはあまり興味がなかったのですが。
夢窓疎石の『別無工夫』 (’別に工夫無し’と読みます。) の前で足が止まりました。
修行をするといって何か特別なことをするのではなく修行のために修行をしても無意味)日々の生活の中にこそ仏の道がある。っていう禅語です。
ぐうたらな私は勝手に拡大解釈してしまいそう
by catitude
| 2009-09-07 23:49
| 旅